協力 Rapid Access International, Inc. 2009年10月
1994年、犯罪防止の旗を掲げたルドルフ・ジュリアーニ氏がニューヨーク市長に選出された。彼は、 目標達成のためニューヨーク市警察に助力を求めた。ニューヨーク市警は、犯罪の追跡・防止のためにコンプスタット(CompStat)を開発している。コンプスタットは、ニューヨーク市警や他の都市のデータと、地理情報システム(GIS)と用いて犯罪発生のマッピングを行い、地理情報や過去の犯罪発生データに基づいた犯罪発生予測をするための成果測定ツールである。
犯罪防止のためのこのツールの成果が明らかになったのは1990年代末、メリーランド州のボルチモアが全米で最も犯罪が多発している都市のひとつと考えられていたときであった。
マーティン・オマーリ氏は、ボルチモアの新市長に選出された際、このコンプスタットを採用した。しかし、彼が性能測定と地理情報システム(GIS)マッピングツールを使用する目的は犯罪と戦うことだけではなかった。彼はこの方法により市政府の説明責任と透明性を高め、政府のサービスを向上させたいと考えたのだ。革新的なこのアプローチは、シティスタット(CityStat)と呼ばれるものとなった。
ボルチモア市の財務局のロバート・センネーム氏へのヒアリングによると、それまでボルチモア市政府の決定は、実質的な統計やハードデータを基にするのではなく、いわゆる「勘」で管理されていた。全てがある種の非公式な過程から行われていたのである。オマーリ市長は、判断基準の根拠となる統計やデータを要求した。
新システムのシティスタットは当時、警察、消防、運輸、公共事業、レクリエーション、公園、保健といった部局のデータを管理していた。各部局は、市庁舎で二週間に一度開催される公聴会で市長に報告をすることになっていた。
公聴会には、各部局のトップと共にアナリストが出席しリアルタイムで問題解決に当たる。
つまり、「見える化」された課題が浮上すればシティスタット会議のパネリスト達(市長をはじめとする市幹部全員)によって即時かつ迅速に対処されるということである。センネーム氏は、会議参加者にかかるプレッシャーは相当のもので、彼らはほとんどの場合において「安全地帯から引っ張りだされて」いたと述べた。
シティスタットの成功は当然、オマーリ氏の成功となった。ボルチモア市と市民はオマーリ氏を強力に支持し、彼の独特な政治的手法の恩恵を大いに受けた。現在メリーランド州知事となったオマーリ氏は「ステートスタット(StateStat)」を導入し、その手法の利益や功績を証明し続けている。
オマーリ氏はGovernment Technology誌による最近のインタビューのなかで、ステートスタットの概要について次のように述べた。
「私達はこの地理情報システム(GIS)マッピングを利用して、州政府の課題への対策を練り、それの解決に挑戦し、実現するためにあらゆる資源や努力を有効に活用する。
この管理方法には4つの基本要素がある。まず、全市民が共有できるタイムリーで正確な情報資源、資源に対する迅速な対応、問題解決への粘り強いフォローアップ、そして、問題解決への効果的な手法と戦略だ。
メリーランド州ステートスタットのウェブサイト(http://www.statestat.maryland.gov/)では、ステートスタットについて次のように規定している。
ステートスタットはボルチモアのシティスタット同様、定期的な成果測定会議を導入している。オマーリ氏の説明によれば、この会議は二週間または三週間に一度開催され、その際、各部局の指揮命令者は州政府の自分達の指揮命令者の前で、前回会議日から当日までの期間の自分達の運営状況がその前の期間と比較して向上しているかどうかを見直す。これは、主にステートスタットプログラムのデータ収集とGISマッピング機能による高水準の精査が政府内で行われていることを示すものである。
この精査の範囲は、チェサピーク湾の環境衛生状態といった公衆衛生の問題から教育基準、犯罪管理や犯罪防止を含むその他の公的サービスに及ぶ。
ステートスタットにとってマッピングや「見える化」は実に重要な要素である。課題を特定するだけでなく、オマーリ氏によれば「こうした様々な課題に対し、限りある資源をどのように利用すべきかがわかる」のだ。
確かに、州レベルにはコンプスタット式アプローチを展開させる独自の方法があったが、それはボルチモア市長時代に市レベルでは見ることがなかったものだとオマーリ氏は語っている。
オマーリ氏は、「州レベルの政策の実施は、市レベルの場合よりはるかに重要な統治要素である」と述べた。市レベルのサービスはもっと基本的で、実施することを重視する。そのことをよりわかりやすく示すため、オマーリ氏はボルチモア市の道路にできた穴を修理するという任務と、メリーランド州全体の学生の読書率を向上させるという州政府の広範な職務を比較した。後者は学生、保護者、教師、学校長、教育長などから議会、知事までを巻き込む。「これは、多数の関係者を経るために、政策を実施していく過程で目標の効果が減退してしまう連鎖になりかねない」とオマーリ氏は説明した。
オマーリ氏によると、ステートスタットを成功に導くには、二通りの方法がある。
第一は、実際に進展を示すことで「成功を証明する」ことである。
第二は、市民が「自分達を取り巻く環境と自分達がどのようにつながっていて、そこで起こる動きが自分達にどう影響し、そうした動きやその周りで起きている事と自分達がどう関係しているか」を簡単に「見える化」できるよう、インターネットで情報を共有することだ。
例えば、学校、道路、水道、廃水システムのデータなど、全てを「CEOへの報告用に作成するグラフィックや画像などで分かりやすく描写することだ。政府にとってCEOは市民だ。だから、私達はマップやデータやインターネットを利用し、私達が何をしているかを分かりやすく市民に伝えるのだ」。
オバマ政権は、金融経済危機に対し昨年始動した景気刺激策の一環として、各州の予算の透明性に関する厳しいガイドラインを示した。
メリーランド州はステートスタットのおかげで、すぐに予算の使途の追跡を行うことができた。政府からのこうした要求に対応するためにも、同様の管理体制を採用する州は増えていると思われる。オバマ政権は資金の流れを追跡するグラフィックマップを掲載するRecovery.govウェブサイトを立ち上げた。
その際、予算追跡のインタラクティブデータを提供したのはわずか8州だけだったがメリーランドはそのひとつであったとオマーリ氏は述べた。一週間後、資金の追跡記録をした州は15州になった。メリーランド州では、完全な支出内訳を示すためにこのウェブサイトのGIS機能を利用した。
特に注目を集めているもうひとつのマップ管理事例は、メリーランド州のベイスタットプログラムによる環境復旧の成功事例である。
米国の環境保護庁(EPA)は、5つの州におよぶチェサピーク湾全水域にこの方法を適用することを発表した。ひとつの州だけでなく、複数の州にまたがる公共サービスにも、スタットプログラムは活用され、広がりをみせているのだ。
我々国民が支払っている税金が、どの分野に、幾らの金額が、どのように使われたか、そしてどのような効果があったか、実際は不透明であり、納税者の潜在的な不満になっている。予算の投入、実績、効果に関して、インプット、アウトプット、アウトカム指標を明確にすることは重要だ。
ボルチモア市やバージニア州での取組みと実績が示す、「見える化」と「透明 性」は大きなインパクトがあり、またオバマ政権の景気対策法に投入される約70兆円の使い道と効果を示す 「recovery.gov」の活動も、現在、膨大な概算要求になった日本にも大いに参考になるはずだ。
こうした、「見える化」、「透明性」を支える統計情報、地理情報システム、ネットワーク、分析サービスの拡充は、新たな社会システム産業の萌芽と成長を期待させるものである。
Copyright © 2009-2021 Mitsubishi Research Institute, Inc.