プラチナ社会研究センター
主任研究員 松田智生
協力 Rapid Access International, Inc. 2013年1月
http://www.rapidaccess.com/
米国では、代替ヘルスケアの需要が高まっている。この動向の一つとして、ここ数年で「メディカル・ツーリズム」が急成長している。米国では、特に、国内での高額・民営の医療を避け、料金は低いが内容的には同等の医療が受けられる外国で休暇を兼ねて、待期的手術・選択的手術(緊急性の低い眼科手術、美容整形等)受ける傾向が高まっている。この産業自体はまだ黎明期にあるとはいえ、Forbes Financial社の報告によると、新興国ではブームになっているという。この産業は年間1千億米ドルの収入を上げているが、うちアジア諸国からは8.5%に過ぎない。しかし、近年のアジア経済共同体(Asian Economic Community:AEC)の創設、それにおけるメディカル・ツーリズムへの支持から、アジアではこの動向に関心が高いように思われる。
実際、インド、シンガポール、タイは、魅力的で利益も高いメディカル・ツーリズムを誇る。これに関心を持つ外国人の誘致を図る諸国にとって、主な問題となっているのが認証である。メディカル・ツーリズムに携わり成功を収めている国は、各種の国際医療機関による厳格な試験・資格に合格している。このため、50カ国以上がメディカル・ツーリズムを国家的産業と位置づけているものの、適正といえる対象地は限られている。
米国内ではメディカル・ツーリズムの促進を求める声が高まっている。例えば、メディカル・ツーリズム協会(Medical Tourism Association :MTA)という非営利機関は、世界中の政府、ヘルスケア提供者、患者、医師との協力のもと、米国国内やその他の政府機関・非政府機関との詳細事項の対応について仲立ちをしている。同協会はこの種の機関では米国では最もメジャーだが、設立は2007年であるという点からもこの業界が生まれて間もない段階にあるということがわかる。現在の焦点は、メディカル・ツーリズムに対応し、さらに可能であれば米国の医療産業にこの新産業を適応させることにある。健康サービスにおけるグローバル市場の台頭は、健康保険、健康サービスの提供、患者・医師の関係、公的ヘルスケア、医療における消費主義の拡大に深く影響を与えることとなる。
メディカル・ツーリズムとは単に一面的なものではない。つまり、医療ケア以外の産業にも役立つのだ。ホテルや飲食店のような歓待業・サービス産業は、外資の拡大から良好な効果を享受している。後述の例に見られるように、豊かな米国人観光客が、低出費や快適な術後回復に魅力を感じて流入することで、受け入れ国にとっては非常に好ましい状況が示唆されている。
タイは、活気のあるバンコク、低廉な医療、高い効率を有することから、アジアにおけるメディカル・ツーリズム市場ではシェアが大きく、この産業が著しい成長を遂げている。タイには質の高い病院が十分存在しており、歯科、美容外科、皮膚科などの分野で好調な成長がみられる。バルムンラード病院及びサミティヴェート病院は東南アジアの病院で初めて、優れた医療機関の水準を示すと世界でも認識されているJCI (Joint Commission International)の認証を取得した。タイは、メディカル・ツーリズムが急成長した国として興味深い事例でもある。21世紀初頭、タイでの医療を検討しようという観光客はほぼゼロに等しかった。外国から見たタイの印象はそれほどよくないか、一般的なレベルだったためだ。しかし、ほぼ皆無だったメディカル・ツーリズム目的の観光客は、今では年間50万人近くにまで拡大している。タイにおけるメディカル・ツーリズム関連収入は2011年から20%上昇しており、今年度も増加と期待されている。
インドは世界でも非常に安価で信頼性の高いヘルスケアを誇る。コストは平均して米国の10分の1程度であり、ムンバイ等の主要都市の病院は米国のメディカル・ツーリズム目的の観光客を数多く惹きつけている。2012年6月に医学誌「Clinics in Laboratory Medicine」誌に掲載された報告によると、「インドは、技能の高い労働力、言語の共有、多様な医学的状況への対応、患者数、膨大な在外インド人人口等のおかげで、独特の位置づけにある。」1 インドはこのように、数を膨大に増す患者に対応する能力があることで、活気のある新成長産業の発展が可能となった。このほとんどは米国人を相手にしている。法整備も急速に進められ、米国人やカナダ人観光客へのビザ発行手続も迅速化された。西洋社会に魅力ある事業の整備が急速に進んでいる。
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1 Gupta V - Clin Lab Med - 01-JUN-2012; 32(2): 321-5
小規模だが清潔なアジアの都市国家シンガポールは、世界に名だたるメディカル・ツーリズム産業を誇り、事業が急成長している。シンガポールのヘルスケアコストはタイやインドより高いとはいえ、手術コストは米国の約半分である。シンガポールは美しく、清潔で、観光名所も魅力あることから、メディカル・ツーリズムの対象地としてはアジアで最も人気があると言えるだろう。メディカル・ツーリズムを目的とした米国人観光客のほとんどは美容整形が目的だが、その他にも幹細胞治療等、幅広いヘルスケアサービスが提供されうる。
米国は世界の先進国の中でもヘルスケアコストは高額だが、提供される医療は優れている。実際、このため、米国のヘルスケア産業では中南米、欧州、中東から最高の医師・外科医を求めて患者が数十万人訪れるという小さなブームが起こっている。この産業は、当然、外国人富裕層を対象にしており、2009年の1年間で約50億米ドルの収入を上げている。米国のヘルスケアに対する考え方や、最新で効果の高い技術が利用できることが多くの外国人にとって魅力になっているが、この産業では、米国のメディカル・ツーリズムの魅力を広げる取組が始まっている。各種イベント、食事、宿泊施設等を多様な人種の顧客に合わせることで魅力が高まり、他の旅行部分の利用者には値引きを検討することも考えられる。米国版のメディカル・ツーリズム産業は、他国等と比較すると網羅性では劣るかもしれないが、成功は顕著であり、今後10年で拡大・増加していくことだろう。
メディカル・ツーリズムは、世界中で一大産業になろうとしている。米国内で示唆に富む状況は今後も目が離せない。特に南アジア、東南アジア等の諸国ではこのブームに乗じているが、患者のほとんどは一貫して、低料金での選択的医療を求める米国人である。このようなサービスを外国に求める人が増える中、米国のヘルスケア系複合企業はこの動向を逆転させ、米国内にお金を留めつつ、外国人に評判の高い米国発の医療を活用しようとしている。この産業による収入は、今後10年で世界で1千億米ドル近くにもなると見込まれている。米国内にメディカル・ツーリズムを擁護し促進させる企業が複数存在していることから、当産業はさらに成長し、個人に合わせたメディカル・ツーリズムの実施に必要な国際関係も重視されていくだろう。
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