プラチナ社会研究会 新産業は、人が輝く暮らしから

新産業創造を阻む壁 その1 「やったもん負け」

 

科学技術部門統括室 主任研究員 松田智生

「やったもん勝ち」というのは、よく聞く言葉だ。

すなわち、開拓者精神で新たな領域に切り込み、自らリスクを取って、ビジネスを立ち上げた者が「やったもん勝ち」となる。

尻込みして遅れる者でなく、真っ先に取り組んだ者が勝者となり、彼らだけが先行者利益を享受できる。

しかし、最近の過剰な内部統制やコンプライアンス対応で、どうも企業も官庁も大学も縮み志向になっている。

何か新しいことを始めようとすると、コンプライアンスのチェックや内部手続き、外の関係者との調整に手間がかかり、結局、「これまでに前例がない」、「規定に書かれていない」とか、「コンプライアンス違反に抵触する」とか、「他社との関係を損ねる恐れがある」等の理由から、「リスクのあることはしないほうがよい」という雰囲気になる。

そうした障害を乗り越えて、何か新しいことを始めた者が、もしミスでもすれば徹底的に糾弾されてしまう。

「やったもん負け」の頻発である。

こうなると組織は「縮み志向」となり、何か新しいことを始めて失敗するよりかは、決められた仕事だけを、不要な摩擦を生まずに手堅くこなすだけのほうが得だという風潮になる。しかし、宅急便やコンビニエンスストアなどは、古い慣習と格闘しながら、事業を立ち上げ新産業として確立したビジネスとして記憶に新しい。

彼らは、自ら先頭に立ちリスクを取って、さまざまな障壁を乗り越えたのだ。

先の見えない不透明な時代の中で、勇気を持って挑戦するフロントランナーこそ、正当に評価されるべきであるし、彼らが足を引っ張られる「やったもん負け」の風土では、新たな産業創造は期待できない。

これはもう政策や経営学の領域でなく、社会学や国固有の文化の領域で考えるべきものであるが、こうした風土や国民性に風穴を開けることが必要だ。

 欧米と比べて日本では起業家よりも、既存の大企業、名門企業、官庁に勤めている方が尊敬される傾向がある。また、組織のなかでも、新規事業を担当する部署より、保守本流の部署の方が上である傾向も多々ある。

新たに取り組む人たちを支援し、正当に評価し、もしつまづいたなら、手を差し伸べる仕組みや制度、風土を作ることだ。

以前安倍元首相の時に「再チャレンジ社会」が提唱されたが、首相退陣とともに、この「再チャレンジ」というキーワードも聞かなくなった。改めてその大切さを認識したい。

やったもん負けがはびこる社会では、新産業の創造は期待できないのである。

図 「やったもん勝ち」と「やったもん負け」の構図

「やったもん勝ち」と「やったもん負け」の構図

株式会社三菱総合研究所理事長 小宮山宏

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