プラチナ社会研究会 新産業は、人が輝く暮らしから

再教育が新産業創出のインフラ ~派遣村問題にみるラーニング・ソサイエティの可能性~

 
雇用 2013年4月16日

科学技術部門統括室
主任研究員 松田智生

◆派遣村問題の視点

東京都の「公設派遣村」が約3週間の支援を終えて1月18日に閉村となった。

都によると渋谷区の施設に当初833人が入所し、1月以降も562人が大田区の施設で暮らした。登録入所者のうち、就職先が決まった人は15人となっている。なお、就職活動費用の2万円を支給された夜に200人以上が戻らなかったことや、無断外泊や飲酒などによる強制退寮者が100人近く出たことが話題になった。無断外泊や飲酒による強制退寮者のニュースを聞くと、派遣村の入村者に対してまず行うのは、お金の支給ではなく、道徳や倫理を教えることではないかと考える。

ただし、キャリアアップの方向性も示されずに、寝床と食事と一般的な求人情報だけが与えられるのは、入所者のプライドや尊厳にも関わってくる問題であり、きめの細かいケアがなければ、無断外泊のきっかけになるだろう。

入村者の就職決定の低さを考えると、居住と食事の支援は一時的な支援になっても、再就職のために、具体的で効果的な施策を打たないと、この問題の根本的な解決にならない。入村者の節度ある生活のために、まず道徳や生活習慣をもう一度教え、そして職業への倫理観、技術、ノウハウ、サービスを習得させて、働くことによる喜びや自己実現のビジョンを得て、社会で活き活きと働いてもらうことが重要だ。

つまり一連の派遣村問題では、「再教育」の視点が欠けているのではないだろうか?

◆ラーニング・ソサイエティが新産業の起爆剤

三菱総合研究所が考える新たな社会像、「プラチナ社会」では、優れた技術力や付加価値の高いサービスを持つ企業が重要な役割を担うが、それを支えるのは何と言っても人材だ資源や領土が限られた日本の唯一の資産は人であり、人への積極的な投資により、優秀な人材が活躍することが必須なのである。

ここで言う「人への投資」は、従来型のバラマキの類ではない。

従来型の産業構造から新たな産業構造への転換が進むと、失業者への対策やセーフティー・ネットの整備が政策論議の中心になるが、こうした対処療法的な政策は限界がある。つまり、雇用調整助成や派遣村への一時的避難のような仕組みだけでなく、産業構造の転換と新産業の創出で求められる技能、ノウハウ、知識を集中的に提供する「再教育への投資」が必要なのだ。人が活き活きと働くために、常に教育の機会があり、誰もがいつでも再教育の機会を活用し、常に学ぶ社会、それが「ラーニング・ソサイエティ」であり、前向きな新産業創造のインフラとなるのだ。

◆産業構造転換のなかでの具体的事例

ラーニング・ソサイエティによる再教育と産業構造転換について、具体的事例で考えてみたい。

現在、建設業の従業者数は約500万人だが、今後従来型の公共投資が減少すれば、そこで働く人の仕事も当然減少することになる。建設業が疲弊するなかで、従来型の公共投資での雇用を維持することは問題の先送りであり、根本的な解決にならない。社会で求められるニーズに応じた産業を創り出し、それを支える人材を集中的に育成して、中核人材として働いてもらうことが重要だ。

三菱総合研究所では、下記の図にように、2020年の新産業分野と、雇用と経済規模の増加を試算している。例えば、「インフラ維持管理」産業では、2020年に4千億円のGDPの増加、8万人の雇用を生み出すことになる。この新産業では、ITによる建築物、道路、橋などのインフラのモニタリング、修繕の新工法、ロボット化などが重要な事業となる。これには、従来の建設業の従業者が持つ技能、ノウハウだけでは成り立たない。

また食・農産業では3兆円・50万人のインパクト、サービス産業では28兆円・360万人のインパクトが試算され、建設業からの転換が期待される。

これには従来のキャリアを活かしつつ、あるいは従来のキャリアを一新させる教育・職業訓練の場が不可欠となる。

次に自動車関連産業で考えてみてみたい。

現在、自動車関連産業の従業者数は約500万人だが、従来自動車1台あたり2~3万点の部品が、今後、電気自動車の普及により、部品数が数百点の電気自動車の時代になれば、日本の自動車部品産業は、重大な危機を迎えることになる。ここでも、産業構造の転換と新たな自動車部品産業の創造が急務だ。例えば、新産業として挙げている交通ビジネスでは、プラグイン・ハイブリッド車、電気自動車、カーロボティクス、次世代路面電車事業があるが、従来の自動車関連産業の従業者が持つ技能、ノウハウだけでは成り立たず、ここでも新しい教育・職業訓練の場が不可欠となる。

なお、再教育や職業訓練を提供すること自体も実は、「教育・訓練産業」という新産業を創出する。我々の試算では、この「教育・訓練産業」は、2020年に40万人の雇用と2.1兆円のGDPの増加をもたらす。

こうした新産業を合計すると、2020年にGDPで50.4兆円、雇用で737万人のインパクトがあると試算される。(表参照)

昨年末からのマスコミを賑わした派遣村問題。新たな社会で求められる分野の再教育の仕組みづくりが、対処療法でない問題解決につながる。常に学ぶ機会を提供するラーニング・ソサイエティが新産業を創出するインフラとなるのだ。

表:2020年における新産業と雇用・GDPへのインパクト(三菱総合研究所試算)
分野 雇用
(万人)
GDP
(兆円)
主な内容
都市再開発・住宅 53 3.2 都市基盤整備、エコハウス、プラチナハウス
交通 100 6.0 LRT、カーシェア、EV・PHV、カーロボティクス
エネルギー 50 3.3 スマートグリッド、太陽光発電、燃料電池、風力発電、原子力
水・鉄道輸出 6 0.4 新幹線・鉄道事業、水事業の海外輸出
インフラ維持管理 8 0.4 ITによるモニタリング、修繕の新工法、ロボット化
健康・医療(製造) 70 4.0 ITによる予防医療、医療のロボット化、IT・ネットワーク化
食・農 50 3.0 植物工場、高級食材、養殖、機能性食品、グルメ
教育・訓練 40 2.1 社会人再教育、職業訓練、初中等社会人教員
サービス産業 360 28.0 観光、外国人観光客向けサービス、コンテンツ、文化、医療・介護、健康支援、コンシェルジェ機能
小計 737 50.4  

株式会社三菱総合研究所理事長 小宮山宏

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