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3Dプリンタ製の医薬品をFDAが初認可

 

協力 Rapid Access International, Inc. 2015年8月

米国食品医薬品安全局(FDA)は2015年8月、3Dプリンタで製造した処方薬を初めて認可した。この医薬品は「Spritam」と称し、てんかんによる発作を患う成人・小児の治療用の溶解性錠剤である。1Spritamは、有効成分に関しては既存の抗てんかん薬にも類似したものがあるが、3Dプリント技術を使って製造した医薬品としては初の認可を受けた。2 この医薬品を製造するのはオハイオ州のAprecia Pharmaceuticals社という企業で、3Dプリント技術を利用した製造を専門としている。同社によると、Spritamは2016年初頭にも発売開始予定であるが、これが認可されたことは将来新しい医薬品を開発していくうえでのスタートに過ぎないという。例えば今後、同様の技術を使って神経系疾患治療薬の種類が増えることも考えうる。3

3Dプリンティングは近年、何もないところから驚くほど複雑なデザインを構築してきたことから、注目を浴びることとなった。今年のイタリア・ミラノで開催されたファッションウィークではモデルが3Dプリンタで設計した靴を履いてランウェイを練り歩いた。4 昨年は、アリゾナ州の自動車会社が3Dプリンタで自動車を製造した。5またつい最近、ロシア企業が住宅を建設できる3Dプリンタを発表した。6 Aprecia社は、現在のヘルスケア産業を根底から覆し得るイノベーションをもって、このトレンドを次の段階へと進めようとしている。

Aprecia Pharmaceuticals社は2003年に革新的医薬品メーカーとして創業した。7 同社は3Dプリント技術を用いた所謂「口腔分散性(orodispersible)」医薬品の製造の分野で先進的な企業である。8同社は、1980年代にマサチューセッツ工科大学で開発された技術であるpowder-liquid 3Dプリント技術を採用している。Powder-liquid 3Dプリントでは、液体を使って粉末に粘着性を持たせ、これを層に形成していく。Aprecia社が特許を取得した「ZipDose Technology」は、この方法を医薬品に応用している。まずは粉末状の薬剤を極小の液体小滴に融合させたものを薄い多孔性の層に形成させる。次にこれを複数の層に重ねていき錠剤に成形する。Aprecia 社がこの技術を用いて製造した医薬品の利点の一つは、錠剤1粒に薬剤をおよそ1,000 mg まで含有させることができる点だ。この量は、1回の投与で最大限の効果を発揮できる量である。さらに、「ZipDoze Technology」を使って製造した錠剤は患者への投与が従来品と比べて容易にできる。錠剤は舌等で液体と接触すると急速に溶解するためである。さらに、味の要素(添加物や飲料等)とも容易に混合して医薬品の飲みづらい味を隠すことができ、患者が飲みやすくすることができる。9ApriceaのCEOであるDon Wetherhold氏は、このような溶解性の錠剤が、現在の医薬品投与に苦慮する患者に対し、治療全般が改善できるよう期待している。10

3Dプリンター製医薬品の開発は、オーダーメイドのヘルスケア製品の製造における転換点であると賞賛する専門家もいる。セントラル・ランカシャー大学のMohamed Albed Alhnan博士はBBC Newsにおいて、「過去50年、錠剤は工場で製造され病院に配送されてきた。今回初めて、このプロセスで錠剤をより患者に近いところで製造できる、ということになった。」と述べている。3Dプリント技術を使って医薬品を製造できることで、病院やその他のヘルスケア提供者が製造過程を現場に持ち込んで、各患者のニーズに合わせて投与量をより簡単に調整できるようになるかもしれない。さらにその一方でコスト削減も実現できる可能性もある。11

2012年のTED Talkにおいて、グラスゴー大学で化学を専門とするLee Cronin教授は、医薬品の3Dプリント技術が発展する中、より斬新な応用を提案した。教授はプレゼンテーションで次のように説明した。

「もし、生物・化学ネットワークを検索エンジンのように組み込むことができ、また、体の中に治療が必要な細胞や除去したいバクテリアが存在していて、これを同時に自分の機器に組み込み、化学を施せば、新しい方法で薬が作れることになるかもしれない。つまりどういうことか。究極的には、自分で自分の薬をプリンタで製造できるようになるかもしれない。そうなるともう薬局に行く必要がなくなるということになる。ニーズのある場所で薬をプリントすることができるのだ。また、自分で新しい診断をダウンロードできるようになる。例えば、新種のバクテリアが発生したとする。これを検索エンジンにかけて、これを治療する医薬品を作ることができる。これで即座に分子組立が可能となる。」12

医師は紙媒体での処方箋を書く必要がなくなり、その代わりに、3Dプリンタに自宅で医薬品を製造する方法を支持するアルゴリズムを患者に送信する、ということになるかもしれない。13これによって、アフリカ等の途上国に新しい可能性が開かれることになろう。AIDS患者が抗ウイルス薬を、現在最終製品を購入するよりも安価にプリントすることができるようになるであろう。また、このような市場において、低品質の危険な模倣薬の需要撤廃に役立つかもしれない。3Dプリント技術は、新薬の研究開発コストの削減にも役立つかもしれない。コスト効率化が進めば企業は希少疾患の研究に取り組むことができるようになる。143Dプリント技術が発展するにつれ、医薬への応用の可能性が拡大を続ける。例えば、臨床試験の標本として人体組織をプリントできるようになり、新薬の動物実験や合成モデル実験が不要となる可能性もある。15

ウィスコンシン大学のGregory Higby教授は、医薬品産業における現場製造の可能性がいかにして、現在のトレンドを集中化・大量生産化から逆転させたのかを述べている。Higby教授は、医薬品製造のローカライゼーションと、かつて薬局の薬剤師が、医師の処方どおりに有効成分と不活性成分とを混合していた医薬品産業の過去になぞらえている。唯一の違いと言えば、作業は全て機械が行い、薬剤師は単に指示をするだけであるという点である。16

しかし、3Dプリンタによる錠剤製造は実用にはまだほど遠い。ZipDose技術を用いたプリンタの大きさは、約1.8メートルかける2.6メートルにもなる。また、現状では高額であり、小規模製造者向けの供給体制も整備段階である。17そのため、Higby教授のような専門家の考えでは、病院やその他の医薬品提供者が、小さく利便性の高いかたちで容器に保存された既存の医薬品を、大型で扱いにくい機械に入れ替えるのはまだ先であろう。18それでも、3Dプリントがより安価になり一般に普及していけば、Spritamのような製品が医薬の将来を現状から劇的に変化させるかもしれない。

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株式会社三菱総合研究所理事長 小宮山宏

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